法隆寺の建築群の見どころを解説 図解付き 金堂・五重塔・廻廊編

奈良県斑鳩町にある法隆寺は、世界最古の木造建築物があり、世界遺産にも登録されています。境内は西院、東院と大きく2つに分かれています。西院伽藍の中門、金堂、五重塔、廻廊は飛鳥様式で法隆寺の中でも最も古い建築物です。法隆寺は規模が大きいので3回に分けて紹介していこうと思います。この記事は、主に西院伽藍の金堂、五重塔、廻廊について書いていきます。法隆寺の素晴らしい建築について伝えていければと思っています。

法隆寺の建築群の見どころを解説 図解付き 南大門、西円堂、聖霊院編 法隆寺の建築群の見どころを解説 夢殿、東院の鐘楼編

法隆寺の創建

法隆寺が創建されたのは607年となっているが、「日本書記」によると670年4月30日に法隆寺が焼失したとあり、法隆寺が再建されたという説と、再建はされていないという説で論争があった。

その後、昭和の解体修理などで、再建されたという意見で大方固まっている。

ただ、いつ再建されたか等ははっきりとはわかっていない。

日本で最古の木造建築であることに変わりはなく、法隆寺には奈良前期時代と平安前期時代を除いた時代の建築があり建築史の博物館といわれている。

法隆寺の伽藍配置

西院伽藍配置図

東に金堂、西に五重塔があり北側に大講堂があり法隆寺式伽藍といわれている。

法隆寺よりも古い四天王寺から伽藍配置が変わっている。四天王寺は五重塔と金堂が一直線に並び、五重塔が金堂よりも南側にあり、五重塔が伽藍の重心になっていた。

法隆寺では五重塔と金堂が並び対等な関係に配置されている。法隆寺では仏像が以前よりも重要になってきている。

上の伽藍の画像で廻廊の折れ曲がっている部分がある。この折れ曲がった回廊は鎌倉時代に付け足された回廊で、大講堂、鐘楼、経蔵をつなぐ形に改造された。

この鎌倉時代に付け足された廻廊は飛鳥様式ではなく、飛鳥様式を部分的に踏襲しながらところどころアレンジされている。

中門 国宝 飛鳥様式

中門 左奥は五重塔

中門の概要

  • 断面構成は重層、二層目に機能はない
  • 平面構成 桁行四間、梁間三間
  • 屋根 入母屋造り、本瓦葺き
  • 両脇に仁王像が入る

中門の見どころ

中門は南大門よりも大きな門になっています。この門で注目すべきは門の中央に柱があり中央からは出入りできないようになっています。このような門は他にはありません。

柱には胴張があり、雲斗、雲肘木、卍崩しの高欄など飛鳥時代の建築様式を見ることができます。

両脇には仁王像が入り、堂々として迫力のある門です。

中門の胴張のある柱

2016年から屋根等の改修工事が終わり、また中門の全容が見れるようになりました。

金堂 国宝 飛鳥様式

金堂南側より

 

金堂の概要

  • 断面構成は重層、二層目に機能はない
  • 平面構成 桁行五間、梁間四間
  • 屋根 入母屋造り、本瓦葺き
  • 初層に裳階(もこし)がつく

安置されている仏像

  • 金銅釈迦三尊像(飛鳥時代)
  • 金銅薬師如来像(飛鳥時代)
  • 金銅阿弥陀如来像(鎌倉時代)
  • 四天王像(白鳳時代)
  • 吉祥天立像、毘沙門天立像(平安時代)

金堂は飛鳥様式の特徴が最もよく揃っている建築物です。飛鳥様式の特徴を下にまとめてみました。

飛鳥様式の特徴

  • 胴張のある円柱(法隆寺の柱のふくらみをエンタシスと書いているものを見かけますが、エンタシスであるかどうかは証明されていません。エンタシスとはギリシャ神殿の柱のふくらみのことを言います)
  • 高欄に卍崩しの形が入っている
  • 高欄に人形束(又は割束)が入っている
  • 軒下の斗供、肘木が雲型になっている
  • 柱の上部は皿斗付きの大斗

飛鳥様式図解

飛鳥様式の特徴をスケッチしてみました。クリックすると拡大されるので見てみてください。

金堂の柱頭のスケッチ

高欄のスケッチ

飛鳥様式は下記記事でまとめてみました↓
飛鳥様式の特徴を解説。胴張の柱、卍崩の高欄、雲斗雲肘木等図解入りで解説  金堂の見どころ

金堂の建築的な見どころはやはり飛鳥様式の特徴がはっきり表れているところではないでしょうか。

仏像が安置されている上部の天蓋も壮麗で美しいものとなっています。

壁画は昭和の修復中に焼失してしまいましたが、現在は再現された壁画のパネルが取り付けられていて創建当初の壮麗な内部を見ることができます。

内部に入ると胴張のついた立派な柱を見ることができます。法隆寺の柱はエンタシスと呼ばれていますが、そのことについて考えてみたので、エンタシスについて知りたい方は下記記事を参照ください。

エンタシスについてはこちら↓

法隆寺エンタシスの柱 エンタシスと呼ばれるのはなぜか?

金堂の軒下の束に施された龍龍の彫刻

金堂の屋根を支えている支柱に施された龍の彫刻です。飛鳥様式は構造的に大きな軒の出を支えるには少し無理がある構造で、軒先を支える支柱を室町時代に入れたようです。

五重塔の最上層にも同じような支柱が入っています。

このような細部の彫刻もみどころの一つではないでしょうか。

五重塔 国宝 飛鳥時代

五重塔南側より

五重塔の概要

  • 断面構成は五層 高さは基壇より約32.5m
  • 平面構成 方三間(方は正方形の意味)
  • 屋根 本瓦葺き
  • 初層に裳階(もこし)がつく

五重塔の見どころ

五重塔も金堂と同じく飛鳥様式で、飛鳥様式の特徴がよく表れています。金堂と同じく初層には裳階が付いています。

この五重塔は逓減率*(ていげんりつ)が大きいため、どっしりとしつつ、重たさを感じさせない優美な形になっています。*逓減率(最下部の平面と最上部の平面の割合)

五重塔も最上層に屋根を支える彫刻付きの支柱が入っています。

五重塔の内部には四面に塑像があり釈迦の物語を表しています。塑像は奈良前期時代に作られたと考えられています。外からしか見れませんが一見の価値があります。撮影禁止になっていますのでご注意ください。

昭和24年の調査で五重塔の心柱下部の空洞に仏舎利容器の存在が確認されました。大宝蔵院にレプリカの仏舎利容器が展示されています。とても綺麗でした。お見逃しなく!

下のスケッチは五重塔の相輪などです。相輪は望遠レンズでないとなかなか取れませんが、写真をもとにスケッチしてみました。

五重塔の裳階の上部にも彫刻があります。上からの荷重を裳階に伝達する役割があり、ただの飾りではありません。そんなところも五重塔の見どころだと思います。

五重塔の相輪などのスケッチ

経蔵からみた伽藍

鐘楼からみた伽藍

 

回廊 国宝 飛鳥時代

 

飛鳥時代の廻廊

飛鳥時代の廻廊

鎌倉時代の廻廊

鎌倉時代の廻廊

回廊の見どころ

西院伽藍をぐるりと囲む廻廊は、飛鳥時代と鎌倉時代に追加された部分でできています。鎌倉時代に廻廊が追加される以前は大講堂、経蔵、鐘楼は伽藍の外にありました。鎌倉時代に追加された部分は飛鳥様式を完全に踏襲せずに少し手が加えられています。

上の写真で鎌倉時代の廻廊の虹梁(こうりょう)のほうが飛鳥時代よりも太くなっているのがわかると思います。飛鳥時代の屋根は叉首で組むため虹梁には引張の軸力しかかからず虹梁のサイズを小さくすることができます。

時代が違う回廊の図解解説

鎌倉時代になると虹梁の上に束を立てているので、虹梁の中央に曲げモーメントがかかります。そのため飛鳥時代の廻廊の虹梁よりも梁成が大きくなっています。

飛鳥時代の構造のほうが力学的には合理的になっているのですが、鎌倉時代には飛鳥時代の構造的な思想が理解されなかったと考えられます。

今の時代にも言えることかもしれませんが、なんでも新しいほうが技術的に優れていると考えるのは危険な考え方ではないかと思っています。

ほかに鎌倉時代にアレンジされている部分は、柱の上部の皿斗といわれる部材です。皿斗の端部の形が変わっています。この細かいところを統一しなかったのは、作った時代が違うことを後世に伝えるためだったのかもしれません。

大講堂 鐘楼 経蔵 国宝

大講堂

大講堂は元々廻廊の外にあったため、金堂、五重塔からはかなり離れた場所に立っています。大講堂はいつ頃建ったかはっきりとはわからないようです。大講堂は外から見るよりも中に入ったほうがこの建築の素晴らしさがよくわかると思います。内部に入るとスケールの大きさに圧倒されます。

経蔵

経蔵も大講堂と同じく元々伽藍の外にありました。廻廊が曲がりながら接続されています。反対側の鐘楼も同じようにようになっています。

鐘楼

鐘楼です。経蔵と対になる位置にあります。形もそっくりです。

まとめ

法隆寺の核となる西院伽藍の紹介でした。五重塔の裳階の上の力士像は4か所にあります。すべて違う表情をしているので面白いです。いかれた時は探してみてください。

飛鳥様式の三重塔の記事はこちら↓

蘇った飛鳥の三重塔・法輪寺と、ひそかな世界遺産・法起寺